まこちゃんのもろもろかなえたまえ

アクセスカウンタ

zoom RSS 暑中お見舞い申し上げます

<<   作成日時 : 2014/08/02 08:55   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

8月となりました。スケジュールもUPしました。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~garamdoh/4-1chimata/qui/schedule.htm

海の日なのにその連休は山へ。五街道をあるいて制覇しようというKちゃん氏にお付き合いして中仙道は碓氷越え


関西はぼちぼち梅雨明けという20日、なごりの梅雨前線が北関東へかかる中、峠の釜めし横川駅から歩行開始。横川の関所を過ぎ、峠手前最後の宿場坂本を過ぎ、いよいよ山道に入ったころから小雨が。

刎(はね)石山の尾根道には石仏など見どころもあるのだがけっこうな雨にうんざり。よく見るとヒルがうごめいてるぞ。やばいなあ。
「なんだこりゃ」
前を行くKチャン氏のすっとんきょうな声。

画像

「タマゴタケですね。それおいしんですぅよ。こんなでかいの初めて見た」
二つ前のブログで紹介したあのタマゴタケです。軍手がぼくの左手で目いっぱい開くと20センチくらいありますから18センチくらいありますかね。ぼくのキノコはほとんど富士山ばかりだからやっぱ地によって育ち方が違うのかな。

このあとも何本か見かけました。キノコ狩りに来たわけじゃないのでそっとしておきましたが。
ヒルの方は足許は気をつけてたんで入り込んでるのをみつけては取り払ってたんだけど軍手の指の股に入りこんだのに気付かなくてしっかりか献血しちゃいました。Kチャン氏は気の毒にズボンの中を這いあがったらしくずいぶん血で汚れてしまいました。

峠近くの平坦地に山中茶屋の跡があり幕末には13軒の茶屋や上段の間をもつ本陣もあったとか。明治天皇巡幸の時には小学校に25人の子供がいたとか。少し上までバスが入ってきたらしくバスの残骸が記の間に埋もれている。

更に峠寄りに一つ屋の跡というのがあり、ここの老婆が通行人をくるしめたとかの伝説あり。笑いながら進むとなんとその老婆たちが声をかけてきた。よくよく見ると気分がわるくて倒れている仲間がいる。携帯がよく通じないので峠にいる仲間に伝言をということだった。

胸突きもうひとのぼりするとそこは峠の熊野神社の旧境内地。神仏混淆だったころの仁王門の址あり。日本武尊のことを詠んだ思婦石などあり。ちょっと下ると弁慶が詠んだという数字の碑があるので立ち寄ってもらうことに。

「八万三千八三九三三一一一八二四五十二四六百々億四百」
 山道は 寒く寂しし 一つ家に 夜ごとに 白く 百世(ももよ) 置く霜 

谷道をふさぐ倒木をまたぎ越えたKチャン氏、すってんころりん。倒木の向こう側の太枝に足を滑らせたらしい。一つ家の老婆のたたりか弁慶のせいか、向こうずねを強打したらしい。内出血したらしく今週お会いした時も腫れ気味だったが、青あざは黄色くなって移動していたからまあ快方に向かってるんだろう。

画像

また別の谷に下りるとそこは峠へくみ上げる水源。碓氷川(荒川上流)の水源でもある。尾崎行雄の筆で水神とあり、相馬御風の歌碑もある。清らかな水で穢れを落として峠の熊野神社へ向かう。

熊野神社前にいたさきほどの老婆の仲間たちに事の次第を告げて、熊野神社へ参詣。上州信州両国にまたがる神社で現在は二法人となって別々に祭事をおこなっている。行程的には二時間ぐらいロスしてるのかな。

すっかり晴れ上がった軽井沢の観光がごった返す中を疲れた足で歩くのは辛いし浮いてました。
この日はなかかるでお泊り。翌日は梅雨明けのかんかん照りを佐久平まで歩いて二日の行程をようやっと終了。次はお盆に和田峠。

軽井沢の別荘地はキノコの宝庫ですね。中入れないから駄目だけど…。長倉神社などで見かけたのUPしておきます。
画像
画像
画像
画像


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
暑中お見舞い申し上げます まこちゃんのもろもろかなえたまえ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる